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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)199号 判決

大阪府大阪市中央区久太郎町3丁目4番12号

原告

大西衣料株式会社

同代表者代表取締役

大西隆

同訴訟代理人弁理士

溝上満好

内山美奈子

同弁護士

溝上哲也

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

吉村公一

吉野日出夫

主文

特許庁が平成1年審判第14638号事件について平成6年7月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙記載の構成からなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を商標法施行令(平成3年政令299号による改正前のもの)第17類「被服、布製身回品、寝具類」として、昭和62年12月1日、商標の登録を出願した(昭和62年商標登録願第134971号)が、平成元年7月3日、拒絶査定を受けたので、同年9月1日、審判を請求した。特許庁はこの請求を平成1年審判第14638号事件として審理した結果、平成6年7月12日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を同年8月4日、原告に送達した。

2  審決の理由の要点

(1)  本願商標の構成及び指定商品は前項記載のとおりである。

(2)  商標登録第1730121号商標(昭和56年6月9日登録出願、同59年11月27日設定登録、以下「引用商標」という。)は、「ALLEY」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を本願商標と同じくするものである。

(3)  両商標を対比すると、本願商標は、文字と図形の組合せからなるところ、これらは常に一体不可分のものとしてのみ把握されるとは限らず、図形部分、文字部分も独立して自他商品識別標識としての機能を果たし得るものと認められる。しかして、上記構成中の文字部分においては、上段に書された「Bee」の文字と中段に書された「Allen」の文字とは構成態様が明らかに異なり、互いに分離して看取されるばかりではなく、「Allen」の文字部分も強く看者の目を引く構成からなるものであるから、簡易迅速を旨とする取引界にあっては、本願商標中の「Allen」の文字部分をとらえ、該文字部分より生ずる称呼のみによって取引に当たる場合も決して少なくないものといわなければならない。してみれば、本願商標は、該文字に相応して「アレン」の称呼を生ずるものである。

他方、引用商標は「ALLEY」の欧文手からなるものであるから、該文字に相応して「アレイ」の称呼を生ずるものと認められる。

そこで、両商標から生ずる上記各称呼を対比すると、両者は、共に3音構成からなり、称呼識別上最も重要な要素を占める語頭音「ア」及び第2音「レ」を同じくし、異なるところは語尾音において前者が「ン」であるのに対し、後者が「イ」である点にある。

しかして、相違するこれらの音は共に弱音であるばかりでなく、語尾に位置していることから、一層聴取し難いものとなり、この差が称呼全体に及ぼす影響は小さく、それぞれを一連に称呼するときは、両者の語韻語調が近似し、彼此相紛れるおそれがあるものといわなければならない。

したがって、本願商標と引用商標とは、その外観、観念の異同について論及するまでもなく、その称呼において類似し、かつ、その指定商品も同一のものであるから、本願商標は商標法4条1項11号に該当し、登録を受けることができない。

3  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、本願商標から「アレン」の称呼を生ずるとする点及び両商標の称呼が類似するとの点は争うが、その余は認める。審決は、本願商標の称呼の認定を誤り、ひいては引用商標の称呼との類否の判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  審決は、本願商標から「アレン」の称呼を生ずるとしているが、かかる認定は誤りである。すなわち、本願商標は、肉太の筆記体欧文字「Bee」とその下部にやや小さい欧文字「Allen」を上下2段に近接して横書きに併記し、これらの欧文字の中央下部にドレスを着た女性の横向き図形をシルエット風に黒一色て描いてなる顕著な欧文字と図形との結合からなる商標である。本願商標のように、比較的簡潔な語を上下に接近させてまとまりよく上下2段に併記してなる文字構成にあっては、上下の両語は一体的一連のものとして把握され一連に称呼されるとするのが一般的であり、かつ、自然である。本願商標は、図形部分を含め全体として縦長の長方形にほぼ収まるように構成され、上下2段に併記された文字部分は、極めて近接している上、文字数の少ない「Bee」の方が肉太の筆記体で、小さく表された「Allen」を上部から取り囲むように配置されているため、看者をしてこれらは外観上まとまりよく一体的に構成されていると認識され、「ビーアレン」という一連の称呼のみを生ずるとみるべきものである。そして、この「ビーアレン」の称呼も格別冗長というべきものではないから、よどみなく一連に称呼し得ることは明らかである。

のみならず、本願商標の指定商品である「被服、布製身回品、寝具類」は、いわゆるファッション商品としてデザインが重視され、下げ札などにおいて一連の商標を2段に併記して表現することが日常的に行われているから、簡易迅速を旨とする取引界にあっても、本願商標のような構成態様の商標の一部を取り出して、該文字部分から生ずる称呼のみによって取引を行うことはあり得ないことである。特に、本願商標は、上段に肉太の筆記体で「Bee」の欧文字を顕著に表してなるものであるから、中段に小さく表された「Allen」の部分のみが独立して認識されることはないというべきである。

さらに、取引の実情からみても、本願商標は、「ビーアレン」のグループ商標として認識されるものであるから、「アレン」が独立して称呼されることはない。

(2)  仮に、審決が認定したように本願商標から「アレン」の称呼が生じたとしても、引用商標から生ずる「アレイ」とは称呼上、非類似というべきであるから、審決の類否判断は誤りである。すなわち、両商標において相違する第3音についてみると、本願商標の「ン」は弱く響く鼻音であるのに対し、引用商標の「イ」は澄んだ音として明瞭に発音される単母音であるから、両者は音感、音質において判然たる差異を有する。加えて、両者は、いずれも3音の短い音構成からなる末尾音であるから、これらの差異音が全体の称呼に与える影響は大きく、これを一連に称呼するときは聴感著しく異なることは明らかである。

したがって、両商標が称呼上、類似するとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1、2は認めるが、同3は争う。審決の認定判断は正当である。

1  本願商標は、別紙記載のとおり文字と図形を結合した構成からなるところ、その構成は、上段に独特の手書き書体による欧文字「Bee」の文字を表し、中段に上記文字に比べてやや小さい活字体で「Allen」の文字を表し、さらにこの下段に小さな活字体で「あなたの生き生きした流行の店」という意味を看取させる「YOUR LIVE FASHON HOUSE」の文字を「Allen」の文字の下部に一体として表す構成よりなるものであるところ、上段の筆記体の文字に比較して、上記の中、下段の文字は、整然とした活字体の書体からなるものであるから、外観上、「Allen」の文字部分と上段の「Bee」の文字部分とは、視覚において上下段に分離して把握され、両文字は互いにその印象を異にするばかりでなく、下段の図形部分を含む全体の構成からみても、中央部に書きれている「Allen」の文字とシルエット風の図形に挟まれていることにより、他の文字とは異なる整然とした印象を看者に与えるものということができる。したがって、外観上も両文字は一体としてのみ把握しなければならない格別の理由はない。

さらに、両文字の観念からみると、「Bee」の文字は「はち」の語義を有するのに対し、「Allen」の文字は「アレン」と発音される男性の名前であって、両文字は語義において直接の関連性を有するものではなく、これらの語が一連の人名又は名称として周知されているというごとき特別の事情も見いだせない。したがって、両文字は、その観念上もこれを不可分一体のものとしてのみ把握しなければならない格別の理由はない。

以上からすると、本願商標に接した取引者、需要者は、その構成文字中の中下段に書かれた「Allen」、「YOUR LIVE FASHON HOUSE」の構成文字に着目し、これより生ずる「アレン・ユアーライブファッションハウス」の称呼の他に、これを簡略にして記憶されやすい「Allen」の文字に着目して、該文字から生ずる「アレン」の称呼のみによって取引に当たる場合も決して少なくないものといわなければならない。そうすると、審決が、本願商標から「Allen」の文字に相応する「アレン」の称呼が生ずると判断したことに誤りはないというべきである。

2  本願商標から生ずる「アレン」の称呼と引用商標から生ずる「アレイ」の称呼は、称呼上類似するものである。

上記の両称呼は、いずれも3音の構成からなり、称呼の識別上重要な要素を占める語頭音「ア」及び第2音「レ」を共通にするところ、これらの2音は、前者が開母音、後者が弾音であって、いずれも比較的明瞭に聴取される音である。そして、その異なるところは、必ずしも明確に聴取し難い語尾音における「ン」と「イ」に差異を有する点である。このうち、該差異音である母音「イ」は、弱母音ないし「あいまい母音」といわれるものであり、また、母音「ウ」と並んで聴取が困難とされているものである。さらに、前記「イ」は、前音の「レ」の母音「エ」と連なり「エイ」の二重母音として発音されることから、それらの音は「エー」に近い音として聴取され、末尾の「イ」の音は必ずしも明確には聴取し難いものである。次に、前記「イ」に対応する「ン」の音は、撥音であり、口を開かずに発せられる鼻音であるため、弱く聴取される音である。

そうすると、相違するこれらの音は、音自体において弱音であるばかりか、語尾に位置していることと相まって、差異が一層聴取し難いものとなり、この差異が称呼全体に及ぼす影響は大きいものということはできない。

してみれば、「アレン」、「アレイ」の両称呼をそれぞれ一連に称呼したとき、両者の語韻語調が近似したものとして聴取され、彼此相紛れるおそれが充分にあるものとみるのが相当である。

したがって、本願商標と引用商標の称呼が類似するとした審決の認定判断は正当であり、取消事由は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1、2並びに本願商標の構成が別紙記載のとおりであり、引用商標が「Alley」の欧文字を横書きする構成からなり「アレイ」の称呼を生ずること及び両商標の指定商品が同一であることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  取消事由について

(1)  本願商標から生ずる称呼について検討する。

まず、本願商標の構成についてみると、別紙の記載によれば、本願商標は、横3行からなる文字部分とその文字部分下段のほぼ中央部の下方に、ドレスを着用した横向きに立った女性の躍動的な姿を上記横3行の文字部分の上下の長さにほぼ匹敵する大きさでシルエット風に表してなる文字と図形を結合した商標である。そして、上記横3行の文字部分は、上段に「Bee」、中段に「Allen」、下段に「YOUR LIVE FASHON HOUSE」の欧文字を配したもので、上記各段の文字部分の大きさをみると、これを上下方向にみた場合の各段の文字部分の比率は、上段:中段:下段は約13:3:1であり、横方向にみた場合は、上段と中段がほぼ同一であり、下段が上・中段より左右が僅かに短く表されているものということができる。次に、各段の文字部分を構成する個々の文字についてみると、まず、書体は、上段の「Bee」は、各文字を手書き風の太文字で書しているのに対し、中段はローマン体、下段はゴシック体のいずれもごく普通に用いられる欧文字活字書体で表したものであり、さらに、各文字の線の太さをみると、上段の「Bee」は中段の「Allen」の約3倍以上、中段は下段の約3倍以上のそれぞれ太さであることが容易に認められる。

以上に説示した本願商標の構成からすると、本願商標においては、上段の太文字で大きく手書き風に書された「Bee」の文字部分及び前記図形部分が、ごくありふれた活字体で上段よりはるかに小さく、かつ、細い線で書された中・下段の文字部分に比して、顕著に際立った特徴を有する構成部分であることは一見して明らかであり、かかる顕著な構成上の特徴に照らすと、文字部分のうちでは、前記の上段部分が本願商標に接する取引者ないし需要者に対して、最も強く訴える部分、すなわち本願商標の要部をなすことは明らかであるといわなければならない。

ところで、本願商標の文字部分と図形部分がそれぞれ独立して自他商品識別機能を有することは当事者間に争いがなく、また、本願商標の以上のような構成に照らすと、本願商標においては、文字部分のうち、上段の「Bee」の部分がほぼ文字部分全体の上下長さに匹敵する大きさで描かれた図形部分と共に要部をなすことは疑問の余地がないといって差し支えがないところ、本件全証拠を検討しても、上記の図形部分から何らかの称呼が生ずることを窺わせる証拠はない。

そうすると、本願商標から生ずる称呼を検討するに当たっては、要部である上記「Bee」の文字部分を除外して考えることが相当ではないというべきところ、本願商標の前記文字部分の上・中段部分からはそれぞれ「ビー」、「アレン」の各称呼が生ずることは当事者間に争いがなく、下段からは「ユァ ライブ フアッション ハウス」の称呼が生ずることはその構成文字に照らして明らかであり、これを本願商標の各文字部分の前記のような特徴に照らすと、要部である「Bee」の称呼である「ビー」を除外した称呼が本題商標から生ずるものとは認め難いといわなければならない。そして、以上の本願商標の構成上の特徴に加えて、簡易迅速を尊ぶ取引の実情をも勘案すると、本願商標からは、比較的短く、かつ、称呼し易い「ビー」ないし「ビー アレン」の称呼が生ずるものとみるのが相当というべきである。

(2)  被告は、本願商標の文字部分の上段と中段とは書体を異にするから、「ビー」の他に「アレン」の称呼も生ずると主張する。

確かに、上記文字部分の上・中段が書体を異にすることは前記認定のとおりであるし、その意味で両者の区別が可能であることも被告が主張するとおりである。

しかしながら、前記認定のとおり、上段の文字部分は中・下段の文字部分に比して、各文字部分の大きさ並びに各文字部分を構成する個々の文字の書体及び線の太さ等において顕著な差異を有するものであって(この点は、被告においても、中・下段を「整然とした活字体の書体」としているのに対し、上段を「独特の手書き書体」としていることからみても格別異論を有しないものと思われる。)、かかる顕著な差異は、単に、上段と中・下段を区別することができるというに留まらず、看者に対して訴える力、すなわち、表現力ないしは記銘力において、上段は中・下段に比して圧倒的に大きな力を有しているものとみるべきであるから、前記のように、単に、上段と中段を対等なものとして捉える審決の把握方法は、各文字部分の有する上記のような表現力ないし記銘力に起因する本願商標の自他商品識別力についての評価を誤るものであって、形式的な把握方法であるといわざるを得ない。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

(3)  なお、念のため、本願商標の有する観念の側面から前項のように称呼を認定することの当否について検討する。

成立に争いのない乙第1号証(1960年株式会社研究社発行「新英和大辞典」)によれば、「bee」が蜜蜂を、「Allen」が男子の名を意味するものであることが認められるところ、本願商標の「Bee」が「bee」に相当するものであることは容易に推認可能というべきである。

そして、「Bee」及び「Allen」の上記の各語義に照らすと、上記の各語が称呼上不可分の関係にあることを窺わせる証拠はないが、同時に、また、上記の各語義が、これらを一連に称呼することの障害となることを認めるに足りる証拠もない。

してみると、本願商標の有する観念の側面から検討しても、本願商標から、前項に認定した「ビー」あるいは「ビーアレン」の称呼が生ずることを妨げるものではない以上、前記の構成から、両商標からそれぞれ上記の各称呼が生ずるものとみるのが相当というべきである。

(4)  そうすると、本願商標からは「ビー」ないし「ビーアレン」の、引用商標からは「アレイ」の各称呼がそれぞれ生ずる(引用商標から上記称呼が生ずることは前記のとおり当事者間に争いがない。)ところ、両商標のこれらの称呼が異なることは明らかである上、両商標が、外観及び観念において異なることも上述したところから明らかであり、以上によれば、結局、両商標は非類似というべきである。

(5)  そうすると、両商標の称呼が類似するとした審決の認定判断は誤りであるから、取消事由はその余の点について判断するまでもなく、理由があるというべきであり、審決は違法として取消しを免れない。

3  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙

〈省略〉

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